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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)67号 判決

上告人

木下彌輔

右訴訟代理人

樋口俊二

伊藤恵子

被上告人

武蔵野市長

藤元政信

右訴訟代理人

中村護

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人樋口俊二、同伊藤恵子の上告理由及び上告人の上告理由について

地方税法二四条の五第一項三号及び二九五条一項三号にいう老年者の「所得の金額」を算定するに当たつて当該老年者の受給した公的年金等の収入金額から租税特別措置法(昭和五四年法律第一五号による改正前のもの)二九条の三所定の老年者年金特別控除額を控除すべきではなく、このように解しても租税法律主義に反するものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人樋口俊二、同伊藤恵子の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。

原判決は、地方税法二四条の五第一項三号、同法二九五条一項三号、同法三二条一、二項、同法三一三条一、二項、同法二三条一項一二号、所得税法二八条一、二項、租税特別措置法二九条の三の各法条の適用により非課税であること明白である上告人に対し、課税することを認めたものである。

一、本件は、地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号にいう「老年者」の「前年中の所得の金額」とは何かということが争点となつたものである。

ところで、憲法は、租税の賦課・徴収は必ず法律の根拠に基づいて行われなければならないと定めている(憲法八四条租税法律主義)。その内容は、「課税要件法定主義」――課税要件のすべてと租税の賦課・徴収の手続は法律によつて規定されなければならない――、「課税要件明確主義」――課税要件等は、なるべく一義的で明確でなければならない――、「合法性の原則」――税法は強行法であるから、法律で定められたとおりの税額を徴収しなければならない――、「手続的保障原則」の四つである。

この租税法律主義に従つて、地法税法、所得税法、租税特別措置法は、前記各本条によつて非課税範囲の「所得の金額」を、明らかにしている。

即ち、「所得の金額」は当該老年者の受給した公的年金等の収入金額から租税特別措置法(以下「措置法」という。)二九条の三所定の老年者年金特別控除を控除した後の金額からさらに給与所得控除を控除した金額であることは、各法条を忠実に適用すれば、明自なところであつた。

それなのに原判決は、法律規定を無視し、「一般的意味による所得の金額」などという概念を打ち出し、非課税範囲を特定するための「所得の金額」は、一般的意味によるべきで法条規定と反してもよいとして課税処分を肯定するものである。

二、(一) 原判決は、地方税法には「前年中の所得の金額」の意味ないし算定方法について明らかにした規定がないとして、「一般的意味における所得」なる概念を持ち出し、前年中の「所得」について徴税者側に都合のよい解釈をしている。

確かに、一般的に(経済現象として、又は国語の解釈として)所得とは、収入金額からそれを得るために必要とした経費の額を控除して算定される純資産の増加分の金額、ということもできるであろう

しかし、憲法第八四条の租税法律主義は、そのような一般的概念などを持ち出して租税に関する条件を決定することを厳しく排除しているのである。

(二) すなわち、税法は税法自体をもつて課税対象及びその他の条件の意義を明らかにすべき要請を受けるものであり、例えば「給与所得」とは、俸給・給料・恩給等にかかる所得であり(所得税法二八条一項)、その算定法としては収入金額から給与所得控除を控除した残額とし(同条一項)、老年者の公的年金等にかかる給与所得の算定法としては、収入金額から老年者年金特別控除額を控除した金額として(租税特別措置法二九条の三)、給与所得の意味及び計算方法、すなわち給与所得の概念を明らかにしているのである。

原判決は何等正当な根拠を示すことなく、ただ、定義規定を置いていないから、一般的に解すべきであるとして、税法の原理(租税法律主義)を完全に没却してしまつたものというべきである。

(三) そもそも地方税における所得割の課税については、所得税法による所得の概念と、課税対象となる所得金額(課税標準)の計算方法を、法律又は政令による特段の定めのある場合を除いて、そのまま援用するものであることは、地方税法自体がこれを明らかにしている(三二条一・二項、三一三条一・二項)。

そして地方税法二四条の五、二九五条について、法律又は政令による特段の定めはない。そこで、同条の「所得の金額」は所得税法の定めに従うこととなる。前述のように所得税法は、二八条二項で、給与所得の金額については、収入金額から、給与所得控除を控除した残額をすると定めている。ところで、措置法は、所得税法に対する特別法として機能しており、(措置法一条)、同法二九条の三は、「所得税法二八条二項の給与等の収入金額は、その年中の当該公的年金等の収入金額から老年者年金特別控除額を控除した金額とする」と定めているから、「収入金額」は、老年者年金特別控除後の金額であることは明確である。

これを図で示せば、別紙のようになる。

三、原判決は、法条明確であるのに、人的非課税範囲を定めた立法趣旨を曲解し、必要経費にあたらない老年者年金特別控除は控除しないとするが、必要経費としての給与所得控除前の前記のような特別控除の構造を無視した点、明らかに法令解釈・適用を誤つたものであり、破棄を免れない。

第二点 地方税法二四条の五第一項三号、二九五条一項三号が「所得の金額」につき定義規定を欠き、その結果「一般的意味における所得」概念で解釈せねばならないならば、これらの法条は、明確性を欠くものとして、そもそも租税法律主義に反する。

一、租税法律主義によれば、課税要件は、明確に法定されなければならない。

明確な定義規定がないとして、地方税法上の「所得」と違う解釈をしなければならないとすれば、そのこと自体租税法律主義に反するものである。さらに、「一般的意味」による解釈をせざるを得ないならそもそも租税体系上の概念は原則として同一に解すべきである。

当該税法、当該規定において、目的によつて概念を修正したり、内容を制限しようとする場合には、法律によりそのことを明確にすべきであり、恣意的な解釈を認めるべきではない。

所得税法上の「所得」と法人税法上の「所得」の算定方法が異なることを肯認する判例(昭和四二年九月一四日行集一八・八―九―一二〇〇)も、各条文上の規定が異ることに論拠をおいている。

同一地方税法の中で異る「所得」概念を特に持つならば、明確な規定があるべきことになる。

よつて、独断的に所得一般概念など持ち出すことは、地方税法、租税法解釈の基本、原則を無視するものである。

二、原判決は、所得とは収入金額から、それを得るために必要とした経費の額を控除したものであるとするが、そのような一般規定は日本のいずれの法にも存在しない。

税法は、一般概念などという抽象的な基準によつては、所得の算定が明確、画一的になされないところから、算定方法を規定して「所得」の概念を明確にしているのである。

このような一般概念を、税法の上で明確にしたものが、「給与所得」については所得税法上の課税標準の規定の部分の給与等の収入金額から給与所得控除をした残額とする(所得税法二八条二項)というものである。そしてこの規定につき措置法二九条の三は、給与所得控除をする前の「収入金額」について老年者年金特別控除をした後の金額とすると規定しているのである。

仮に「一般的意味による所得」なる概念を持ち出すにしても、原判決は、税法規上何らの規定もない雑概念を、一般概念とし法文上相互に関連しあう地方税法、所得税法、措置法の法条に従つた一般概念の税法上の具現化に従つた解釈をしないものである。

三、よつて、そもそも「一般的意味」によつて解釈しようとすること自体さらにその「一般的」な内容をどう解釈するのかという点においても、原判決は、租税法律主義を逸脱し、破棄を免れないものである。

上告人の上告理由〈省略〉

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